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#10 本とは人格である 〜みずき書林で本の未来を考える(前編)

みなさん本を読んでますか?今回はみずき書林代表の岡田林太郎さんをお迎えして(というか事務所にお邪魔して)、本の未来について考えます。衰退が叫ばれて久しい出版業界ではありますが、文章の本質、本の意味を問い直すことで新しい価値が見えてくるのでは?岡田林太郎さんの哲学的な語り口もお楽しみください。本日は前編。後編は金曜日にアップします。

みずき書林▶︎https://www.mizukishorin.com/

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人間ラジオあみです。寿司ですりんたろうです。どなたですか?誰ですか?久さんがよかったんじゃないですか?そうなんですよ。あの紹介させていただきますね。えっと?岡田林太郎さんに本日ゲストに来ていただきました。よろしくお願いいたします。出版社出版社です。お願いします。ひとり出版社どういうことですか?みずき書林というひとり出版社は、2018年に設立されまして。はいうん、割と業界内ではイケイケのじゃ全然そんなことないです。

あのう別にいけいけでは全くなくてえっとみずき書林というのは、一人でえやっている出版社なんですね本当に社員が、一人なんです。だから社長であり営業部員であり、編集部員であり経理であり何でもやるっていう感じでやってる方が歴史とか、まあ文学とかnonなんで、あのー、いけいけではないです。どっちかと真面目な本を硬い phoneを作っております。うん、なるほど。えっと、林太郎さんと僕との付き合いは大学時代からですね。

なるほどです。大学時代に同じサークルに入ってで卒業後に同棲して同棲4 年間 4年間シェアハウス的なほうですか?シェアハウスあハウスで同棲して。で、その後僕が結婚したんで、その同棲解消とそううんいう話ですが、別なエピソードがあるけど、まあその後ちょっと伸縮させていただいているという形で、まああの人間ラジオ初のゲストにふさわしいんじゃないかと言うことで、本日岡田林太郎さんの家に来てますようこそいらっしゃいました。

邪魔しますはい。ただ、ちょっとあいにくの雨なんでね、ちょっとざっととか言ってるかもしれませんけども、その風情を楽しんで頂きながらということで。なんですか?いやいやなみさんなんですか?あのいややばって思ったんですけど、ああみずき書林参加と思ってはって思ったんですけど、久さんに帰りた本三冊まだ返してなくて。あ、今日お会いする機会あったのにまだ返せてないってことを思い出しましたかりぱくしてる理由が、その返す前に一旦もう一回読んでみようと思ったんですけど、なかなか読めなくて。

最近本読めない秒で困っちゃてるんですよね。今必死に買いなおしたんですけど、何か言ったっけなあと思って違う方がかえってくる可能性あるよね。今何かありましたっけ?それは。ということで、本日のテーマはええと phone はこれからどうなるのかっていったテーマで喋らせていただければと思います。だからあれだよね。りんたろうはもうまあ、高校時代から異様に本を読んでいたし、で出版。小説も書いてたしね。で、出版社に入ってからは、まあ作家とお付き合いをする仕事をし、それ作家と科学者とかそういうことですね。

で、いま、一人でその仕事してた。だから常にあのほんと人生がもうセットだった。という印象があるんだけれども、まぁとは言え、一般的には出版社で若干斜陽っぽい確実に社用若干もう何もガッチガチの車両さんって言って。もうあの採用じゃないと認識している出版人がいたら相当に認識が甘いあ、そう行けだぜ。そんな人いないですね。今なんか完全に斜陽産業と認識していただいて結構です。なるほど。でもまあ、その中でもずっとほんと付き合ってるわけじゃないですか。

まあその人に対してあえてphoneの未来はどうなるのかって言う話をちょっとぶつけてみようっていう回ですね。聞いてみたいです。うん、そもそもあの。文字読まないよねっていうか読めないよね。読めないってことはない。日本の識字率を考えると読むという能力は絶対にあるんだけども、読まなくなっている。これはなぜかっていう。まあ、今日のテーマの一つなんでしょうけれども、その割にはみんなphoneはいいよねとされていると、うん。

あの小学校の時に浅野十分読書みたいな取り組みがあって、先生からも本を読め、読めって言われてたんですけど、まあその時間ちゃんと本読んでる子がいたかって言われたらそうじゃないし。こうなんかミッションとしてやってたかもありますね。うん、僕は産業以上の文章が読める人がもう少なくなってんじゃないかって思っていて、自分の企画書でも産業医ジョウ絶対書かないのようん。というか、その文字としては理解できるんだけど、文章としての文脈思うとれないっていう感じ。

そのセンテンスが三つぐらい別れてたりしたら、もうそのセンテンスごとの関係性がもう分けわかんなくなっちゃうみたいな人が増えてんじゃないかなと。まず思ってる結局えっと文章を a 頭の中に入れるっていうのは、情報を獲得するっていう手段だから、情報を獲得する手段はいまたくさんあるよね。わざわざ分にこだわり、必要性あるんだっけいうことだろうね。だから直感的にええと画像であるとか、あるいは音声であるとか、あるいは動画メディアみたいなものの方が、かなりパッシブに頭の中に入るから。

なんかその次第に徐々に慣れきってきてるのかなという感じかな。うん、そこはね。まったく議論がないというか、僕も出版業やってるから、これからphone を擁護するような発言をして行くと思うんだけども、今ゆってるような動画だったり、あるいはこれ、まさにこういうラジオだったり、音声だったりっていうようなところの方が情報を摂取するっていうことで言えば、本よりも有効なツールになってると言うのは否定はしない。しない、しない、うん、しないのか。

ただ、ここで言いたいのは、そのこのこの回に限らず、こうこの。ラジオずっと聞かせてもらうと情報の窃取と言うところに相当こう重きを置いている感じがするわけ。日差しが特に何かを摂取するということは、情報を得ることなんだと時間をかけて本を読むとか、映画を見るとか何かその何かに触れる他人が作ったもの。情報窃取。例えば、その前回のあの眠れないよって話であれば、眠れない間はどう効率的に過ごすかっていうのがコアになっていて、その効率というのは要するにその間にどれだけの情報をこう自分に<イ </ン</ ポ</ ートして行くみたいなことがけっこう情報。

あの重きを置かれているような気がしていて。でも僕にとって、あえてここで行って見たいのは最良の読書体験は?情報の窃取ではない。おおいうことうん。読書体験って言葉を使ったのがずるいなって。ちょっとんだけど。そこじゃないもんね。そう、大観荘体験に翻訳してるじゃない。完全にそうですね。うん、いや、例えば同じ情報があったとして、その経路がええ書籍である文章であるってことは違う趣があるってことで、それそれは何?

その例えば著者、何が本というのは今のところえっと。ある著者が相当に時間をかけて、もしかしたら人生の大半を費やして書くもの、あるいはそれが描かれたものが 100年とか 200 年とか、あるいは何1000年とかっていう時間の波にこう現れて、今、我々の手元にあると。だからそういうえっと物に触れるっていうのは、情報の窃取だけではなくて、一種の文学的体験というか、精神的体験というか、その人の人格に触れるような行為である。

うんでこれにはえっと時間がかかるの?要するに何の時間?読書の時間が単純にうんで何がいけないかと僕は思うに仮設ですけど、今はあまりにも時間が細切れになってるよねとsn で、なんだとだからえっと産業以上の時間あの文書が読めないっていうのは切りつめて言えば 1分以上とか30 秒以上の連続した情報窃取に耐えられないと言うような話であって、でもほんというのは本質的にはやっぱり読むのに。3日 4日かかるわけじゃない。

どんな薄い新章でもそういう時間の費やし方そのものができなくなっている今。だからでも、本当は本というものは単純に戦争、例えば戦争がいけないっていう情報を摂取するのではなくて、そのそのことに人生を捧げた人が描いたものであるから、戦争はいけないっていうこと。もし首長があるとすれば、そういうものに触れるという時間をかけて触れるということ。そしてその結果、えっと情報を得るというよりは、自分がマシな人間になるということ。

こましな人間に成ると本を読む前よりも、つまり人格がちょっと磨かれるとか、まあそのなんかそのあんまり言い方じゃないと思いますけれども、ましな人間になるために、実はその本を読んだりとか、あの映画まあ映画とか介護とかそうでしょう。ある人間が、一定の時間をかけて製作されたものにはそういう効果があるんじゃないかと僕は思っていて。だから情報だけを摂取したいんであれば、もちろんえっとユーチューブとか30 秒以内の動画とか、ええ、ツイッターで全然いいと思う。

そこの機能は多分本は勝てないこれから。ただ時間をかけてある人格に触れて、その結果、自分もましな人間になるとかって言う効果はまだホンダとか映画とかっていうのは有効性を持っていると主張してみたり、うんなんか選択肢があってもいいかなと思ったのね、うん、うん。あの情報窃取したいのと今の話で言えば、情報に関しての人格がのってくるから影響力が変わってくるよっていう話をまあ、どちらもあっていいなって言う感じは。

あるんですよ。まあ、細切れの時間の中で、えっとその作者が積もる人格の読書体験までしっかり続けたいと思う人がこれからどれぐらいいるかなっていうのがちょっと怖いところかな。怖いとこだから、本当は時間ってとっても贅沢なものなんだという風に、これからその変えていかなきゃいけない。出版社として思ってるの時間を、例えば 2時間とか3 時間をとっの時間をバットって、そこで映画一本見るとか。本を一冊読むとかっていうそのその時間の使い方そのものが、相当にこれから贅沢になってくるし、ただ、なんだけども時間はでもそういう時間を捻出すること自体が喜び、人生の喜びであるというような演出をして行かないと。

いかんと思っている。例えば、ただ新書のコーナーに行くじゃないですか。新書が好きだからね。でもそこでPOPはやっぱりどんな情報が得られるかっていうことに終始しているわけですよ。そうなると情報窃取の効率的に。はやっぱりほかの手段のほうがいいかなって思っちゃう時があるわけだから、今の話で言うと、実は読書っていうのは情報窃取じゃなくて、そこにプラス体験が変わってるんだよっていう贅沢な時間の新しい使い方なんだよっていうなんか新しい価値をもしかして打ち出せればまた変わってくるのかなっていう気も。

从ただあれなのかな。まだそういううちだし方が全出版社できてない。実はそれを二人にやってほしい。それは、SNS を細切れに見るとか、30 秒の動画をいっぱい見るっていうことではなくて、もっとまとまった塊としての時間を享受するその方が。人生の使いかたとして上質なんだと言うような演出を。うんしてほしい。で僕はそれを信じて、本当になんか、例えば今日一日、何も予定がない日がちょっと嬉しかったりするとか、そういうことですかね。

うん、うんうん。例えば夜に時間あるぞとこれをどう使うん?だって、ときにもちろんいろんなことをしますけれども、酒飲むもいいゲームするのもいいと。ただ、そこに選択肢の一つとしてよっしゃこここの小説というものを読んでみようと、例えば、小説とすごくわかりやすいんだけど、情報窃取としては何の役にも立たないじゃない。じゃあ、なんで読むのかっていうと、自分と全く違う人間が書いたものが自分と一緒であるということが分かる。

だから人はこう自分と他人がどれだけ違うかというよりも、どれだけ一緒かっていうことを知ったときのほうに、より感動するという生き物なので。そういうものに触れる時間を結構信じている。小説、文学と、それからえっとノンフィクションビジネス書籍とかごっちゃに語ると結構わかりにくくなる可能性が出てくるかもしれない。だから今のなんか新書っていうのはまだほんのなかでも機能として違うじゃないですか。その小説と違って情報を確実に得るためのもの。

うん、うん、基本的にうん。ただ、やっぱり上質な親書って、その著者が見える著者の顔が。そういうものに僕は引かれるし、この人が語ったことというその著者に対する信頼感とかええいわゆる好きな著者だったりになっていくと、その信頼感とかええ、安心感、そしてその人に影響されて、自分がさっきから言ってるちょっとましな人間に成ると情報をたくさん知ってるよっていう以上の何かを得るという。ものをちょっと信じてみたい。それだからどんな文章にも書き手がいる以上は、そこに人格が宿るじゃないみたいな話でしょう。

おそらく上質なほんじょうした方がね。小説はまあ、それが降るマックスだし、情報と言うよりは、その本人がつぶコンテキスト 100%でできているっていうことで言えば、ただまあ親書なりビジネス書なり啓発の類のあの書籍。はやっぱりその情報。どれだけ丁寧に正確に、なおかつわかりやすく伝えることによって、まあ部数も稼がなきゃいけないしみたいなことになってくるとただいま結構割と売れてるのはどちらかというと心象だったりするから、やっぱりあの情報を求めてるんだろうね。

人がっていうそれはそう間違いない。そして、その情報という土俵に立つんであれば、ほかのメディアに多分 phoneはこれから駆逐される。まあ間違いない。じゃあどうやって生き残るかと生き残らなくても、本当はいいんだけど。じゃあ、このまま本消えてくれってもかまわんよという人が大多数なる消えると思う。ただ、僕らは愛着があって本が好きで、子供のころから出版社にいるからやっていくと、今後伝統芸能化していくっていうのが一つの僕の中の仮設なんだけど、本づくりそのものがでもその前にやれることがいくつかあるよねと思っていて。

二つの、アナロジーがあって、一つはそのリニアモーターカーができるじゃないですか。ほとんど地下じゃないんだよね。別件奈良まで行くのかな?数時間まあ一時間分で凄い便利だよね。でも新幹線は生き残る気がするわけよ。ずっと地上で富士山も見えて、なんかこの違いがちょっとやっぱりある気がするんだけど、ただこれってちょっとやっぱり懐古主義的なところ。あのシーディーよりレコードがいいよねみたいな。なんかそんな匂いがしてくるなと思ったんだけど、もう一つの、アナロジーはえっと 60年代後半、まあ、テレビができて、ほとんどあの製作者のリソースがそちらに取られて、俳優もそちらに捉えて。

映画界が一瞬死んでダイエーが倒産したりしたけど。ただその後、映画としてはめちゃめちゃ復活してるじゃんね鬼滅の刃何億何10 億稼いで何百かみたいな世界じゃない。これって多分懐古的に映画に戻ってきてるわけじゃなくてえっと単純に映像を見るから体験に変わったと思うんだ違う価値にシフトしたから、日本は映画っていうものに一つの産業がまた復活してる気がするから。なんかたぶん書籍もそうなっていくのがいいのかなっていう感じが。

していてという意味ではなんか単純に文化遺産にするんではなくて、新しい価値定義をちゃんとしてええ、その体験価値の下でコミュニケーションして、皆さん本読みましょうって言ったほうがいいかなという気がした。うん、そう。そのためのやっぱり時間とやっぱり密接につながる。と思うし、著者があのかなりの長い時間をかけて本店が出来ていくわけで、執筆着方を考えると、そういうものを享受する我々もやっぱりその何日かかけて享受する。

そういう。体験とかメディアって実はめちゃめちゃレアだと思うので、次に長いのって映画だけど、これも2 時間とかで接種が終わるわけで、そう考えると本っていうのは非常に長い時間をかけなきゃ接種できない印刷の方がそこに、もう一回価値をなんかこう見つけ直してみたい。例えば、新作映画をしばらくたってから、あらすじだけ知ればいいよっていう人もいたりとか、あるいはもうあのちょっとこま切れになった30分の要約映画。

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言う人もいる中で、もっと期待 phone ての結構こだわってるんです。で、これも一つの価値ってその本が手元にあること。これ、どれぐらい?その読書の価値を置いているのかって?ちょっと聞いてみたいんですけど、めちゃくちゃ好きです。デザインがいい本で、あの最近あの丸善を上から下まで散歩するっていうのをやってみたんですけど、その中でいっこ目を引いたのがなんか愛するということっていう本だったんですけど、なんかシンプルに。

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物としての魅力みたいなものを伝え直していくっていうのが一つの方法かなと思う。もう電子書籍はどうなるの?その場合だから僕の感じでで、しかも今周りの人もそうなんですけども。えっと、それこそ情報摂取するものええに関して電子の方が多いし、僕もそうしてます。うん、あとはあの異様に長い漫画とか、日本の風家屋事情によって、そんなに広いに住んでる人いないじゃないですか。そうすると百冊200冊の漫画みたいなものは伝して読むことが多い。

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