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#13 僕たちはどう生きるか 〜シェアスペース構想から人生を考える

「本の未来を考える」回の収録後、みずき書林代表の岡田林太郎さんと日本酒を酌み交わしながら、彼が構想するシェアスペースのお話を伺いました。最初に申し上げておきたいのですが、岡田さんは今ステージ4のがんを患っておられます。彼の構想は、彼自身の幸せの価値観と死生観が反映されたものであり、必然的に話は「人はどう生きるのか」に及びます。ぜひ最後までお聞きください。HISASHIが学生時代に岡田さんに出会えたことは、間違いなく、人生における最良の偶然です。

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人間ラジオを疲れ様でしたですか?雨です寿司です。慎太郎ですということで、今あの本のみについて語って、後の雑談会ということでちょっと話していきたいんですけど、一応テーマがあるんですよ。雑談会というテーマを受けていて、あの凛太郎くんと僕は4 年間同棲してたんですよ。うん、うんうん、シェアハウスですね。で、その上で今、林太郎さんにちょっと新しいシェアスペースの構想があるんでしょう。うん、ちょっと最近考えてますね。

ちょっと雑談回でそれを喋って行きたいんだけど、うん。まあどういう新しいシェアスペースの構想があるかっていうことを、ちょっと三人で深めていきましょうよということですね。我々かなり時代を先取りしていて、これ実はあの頃だってシェアハウスなんて言う言い方してなかったんで、してなかったなかったと思うし、あのシェアハウスという言い方が多分爆発に広まった例のあの実験テレビ番組そうそうそう。あれが始まってからはやったと思うんだけど、僕らがやってた頃って、多分そういう感覚がなかったし、多分僕ら同居って読んでたあの頃なん時間なんで?

あのとき、そもそも一緒に暮らすなんて話になった。なんだろう、全く覚えてないな。たぶん、あの都会の家賃にまずビビってたんだとおもう、うん、一つは僕がね。で結構広い家に住んでたよね。あの頃ね、あの二ldkプラス離れ花烈は誰ですか?違う二人明日家がそういうね素質がそれぞれあって、上にリビングと和室はシェアあの共有スペースがあって、さらにはだれひとりがついているってなんで一緒に暮らしたかっていうと、本当雑談だったらどうでもいいことと喋るけど、我々の友情というのは、まあプロジェクト遂行型の友情だったと僕は思ってるん。

つまり 4 年間映画を作ったん寿司が。監督やって僕が手伝って、僕は当時から家を提供して、編集部屋とか、あのアフレコ部屋とかにしてたでそれで毎年夏休みとか、大きい休みがあると作品を一本作るみたいなことで、撮影やって編集をやって仕上げて、秋の映画祭出すみたいなことを毎年繰り返すっていう学生時代を送っていた写真で卒業と同時にそれがなくなるわけ。そうすると、こう会う理由がなくなる。まあ、簡単にうん。就職もしちゃうし、仕事バラバラだし、そうすると何かやってないと不安なの。

男の友情ってたぶんだからそういうプロジェクト遂行型のなんか関係性をどう維持するかっていう時に一緒に住んじゃうと共同生活がプロジェクトになったんですね。多分そうはっきりこう言語化したわけじゃないけど、今振り返ればそういうモチベーションだったんじゃない?その昔、我々がやってたシェアハウスと。またちょっと違う大人の社会人としてのシェアハウスのほうそうなんですよ。そうそうそう、うん、あくまで妄想レベルなんですけど。

みんなでお金を出し合ってといっしょうんで人数を集めてある場所を借りるとで。そこでまあ、僕は出版社なので、えっとも自分化を中心にした。いろんなプロジェクトを立ち上げて、みんなで成功して行くみたいなのを作りたいと、単純に言えば、小さな本屋さんを運営する。でそこにえっと、例えば今候補に挙がっているメンバーとして編集者、それから組版業者、あのページレイアウト作るまあ、インデザインとかアドビとか使えるこう。

それからデザイナーだったり、あるいは大学の教授だったり、そういう人間が集まって、例えばその本屋さんで書店をみんなで運営しながらトークイベントをするとかで文学講座みたいなもの。大学教授、その大学の先生に持ってもらうとか、ええ、あるいは知り合いの著者を読んできたトークイベントするとか。そういう理想を言えば、書店を中心にして、その上にこの住居スペースというか、仕事スペースを作ってでそこにみんなが通ってきてええ?

編集やったり、デザインやったりしてで、欲を言えば東京の郊外とか、あるいはえっと首都圏のえっとほかの件でももちろんいいんだけど。書店がない町に行ってそういう活動をしたいと。だから、あえて都心を外して、小さな町で地元密着型のプロジェクトみたいなものを立ち上げて、例えばだけど、分かりやすく、地元の商店街と組んで。あの冊子を発行するとかクーポン発行するの作るの手伝うとか、あるいは書店の中でその地元のパン屋さんのパンも一緒に売りますとか、なんかそういう妄想。

どうでしょう?こういうの素敵でも会社みたいですね。企業とはまた違うんです。企業にはしたくない。うん、少なくとも最初のスタートの段階で、はその会社組織にすると人間関係がややこしくなるので、あー確実にそう言うことなんですね。これはもう前職の社長経験時代。僕も嫌というほど味わってますからね。それはやりたくない会社にするとややこしくなるんですね?うん、うんのりがいとかお金の話になってくるしで、給料がどうのこうのって話になってくるんで。

社会組織にしないで、あくまで融資がえっと月に何万個ずつ持ち寄って、そこのスペースを共有していると言うだけ作ることが条件は一が二個だけあって、一顧は家賃を払うとシェアしてで、二個目は常にそこで立ち上がってくるプロジェクトに一己は最低一戸は参画しておくこと。うん。っていうぐらいの条件で最初スタートしようかなと。お金を稼ぐっていうことは目的には入れないで、最終的にはやっぱちゃんとお金に変えていきたい。やっぱみんな本業があるので、それをやめてここに来てくれって言うには、僕自身もそこまではやれないし、あくまでえっと大人の遊びとしてやってみたい。

どうですか?例えば、例えば今、そういう話が来てそうだな。例えばあの郊外だったら、まあ、それこそ 15万ぐらいあれば仮られちゃうわけじゃん。20万とか十人集めれば、ひとりに3 万じゃ2月出せなくはないと金銭的に。例えばそういう話が舞い込んだが、今の状態でお仕事されている状態で乗れます。そのれないんだとすれば、何がネックになれますなりそうです。ええ、今は今はですけど。今はあのし余剰時間がほとんどないので、仕事でこう何も余裕がないんですよね。

あの花束みたいな声をしたっていうやつだったと思うんですけど、映画映画があったんですけど、あれであの仕事忙しくなってきた人が最近また聞いたのパブロちょっとやりそう。これはパズドラしかできないんだよってあー分かる。私もティックトックしか見れないみたいな余裕の無さです。なので、あのその多分社会人、若い人の余裕の無しだと思うんですけど、この余裕の無しで誘われたら、あのめっちゃ乗りたいけど。アメリカ持ってなりますえ。

でもなんかシェアハウスってゆってるけど、侵食一緒にする一緒に暮らすことを想定してるでしょう。それうん、違うの。火曜僕は通いなんだ一緒に住むやつがいてもいいと思ってるお金出して共産した人間は自由に使う権利があるから泊まってもいいあでシェアハウスじゃなくてシェアスペースで言ってるんだそう。うん、ああ、僕は火曜よクリームちゃんもいるし、その倫太郎のシェアスペースの構想は?でも、もしかしたらなんだけど、みんなで一緒に住んでこそかなって思った点があって、今の亜美さんの話じゃないけど、可処分時間をどういうふうに捻出するかとか、ふとあいた時間に隣に誰かいるから話しかけて、そこでビジネスが生まれるとかっていうのは通いだと実現しにくいんじゃないかっていう気がしたんですよ。

自然になにか副業というか、新しいビジネスが生まれる環境はもしかして?一緒に暮しているからこそ。まあ、時間が合う時もあれば、あるいは一緒にしょ同じ釜の飯を食うみたいなこともした上で、何か生まれるんじゃないかっていう感じもして、それぞれ家庭があるわけです。やっぱりそういうこともちろん、もちろんそれ。大人のシェアの難しい所だけどね。ベースのなる生活とか仕事は別にあって、そこにみんなで暮らそうよっていうところ、それぞれの家庭がそれぞれ崩壊して行くっていうことになるんですか?

やっぱり。例えば今副業っていうのがパッとばれてるけど、なんかライフワークとしての仕事はちゃんと平日にやった上で、でふと話があったときに仕事が始まるみたいな。環境整備すればいいんじゃないかっていう気がしていて、わざわざ副業でこれやりますっていうか。だからその幸せにハウスに平日も帰ってきて、その後話がはずんだりとか、土日に一緒に食事したりとか、誰かと何かやってなんか新しいビジネスが始まるみたいな自然な形の方が。

いいなってちょっと思ったから。そういう意味でのプラットフォームとしてのシェアスペースみたいな発想は面白いかもなって思った。だから、あえて生活を共にすることによって、有意義に時間を使って新しい君ストーリーを作りましょうみたいな。それはね、うんいいと思ういいと思うけど、僕はやれ。プロデュースはするとかもしれないね。これ言いだしっぺとして唯そのもうもっと若いメンバーとか自由が利く人が進めばいいし、そういうことになっちゃうね。

ただ、独身だけを集めるってことになっちゃうね。その場合ね、ああ、でも今は社宅に住んでるので、本当になんかあった時にパッと行けるし、それこそあの広告コンペみたいなやつが、ある時も仕事終わりに。パジャマでスリッパでトップチームで行けるので、その環境めっちゃいいなって思ってます。なんかそれに。近からず遠からずみたいなとこあるなと思いましたそう、それに近いと思いますよ。でも、やっぱその隣に人がいるっていうでかいですね。

あの何もないんだけど、ふと思いついたことを0 秒で言える人がいるっていいなって。でもそれそれ、僕が言った言いたかったの。それですよ、これですか?これですよ。いいですよ。そういえば、たしかにそのいわゆるその仕事外の時間でも仕事に関することや、それ以外のこともいろんなアイディアがこう思い浮かんでは消えていくわけじゃない。それは僕はもうひとりごとぶつぶつ言いながら、グーグルキープに書き留める日日を続けてるんですよ。

そういうことを発散できる相手いないってがいるって概念すら最近思いつかなかったなと思ったしか行った方が良いんだって思った。ちょっとシェアハウスのはいいと思いますけど、今会社っていう、まあ同質性の高い。状況と家っていう、まあ人生において目標を同じくするものっていうこの二つしかコミュニティに所属していなくて、その意気をしてるわけじゃないですか。真ん中があっていいんじゃないっていうのが今のしあ、スペースなのかなってちょっと思ってうん、僕はだからさっき言ったように、ひとり出版社なので、そのさっき言った会社の同一性の、高いメンバーっていうのは完全に抜け落ちている。

この 6年間、それが居ない。その代わり、僕は今著者とかその取引先とかと。ほぼほぼ友達のような関係になってるわけだから、そこをもう少しなんて言うのかな?タイトなものとして残しておきたい気持ちがあるそう。だから、こっちのその会社みたいなそのビジネスライクなそれこそ経済的な利害関係で固まっているものではない。それで課程ではない。まさに拡張家族といってもいいのかもしれないけども。ある超長期的な目的は共有している。

でも経済的には共有してない。そのもう仕事に全振りする職場っていうものと仮定に全振りする。家庭っていうものの間にちょっとあのバッハがあってもいいかなと思っていて、そういうものがシェアスペースとして成立すると、いいなという気がしていて、まさにあの拡張家族みたいに暮らすこともできれば、いろんな思考というか、技能を持った人と会話することによって、新しいビジネスが始まっても良いっていうような、なんかそういう曖昧な。

ファジーな空間っていうものがなんかもしかして今後すごく有効かもっていうことを思ったんだけど、そういうことをすると、こういう話をすると、どうしても心の話に触れざるを得ないと思うんですけど、やっぱり一回コロナで、もうあのそのスペースみたいなものをやめようという、そのいわゆる空間を共有して何かをするってことをやめようというのが極北まで行ったとで、その反動というか、まあ。やっぱくると思っていて、やっぱり出会いとかええ、面と向かって対面して人と会話する事の面白さだったりっていうのは全然。

やっぱりあのオンラインとかリモートは違うよねと言う話が。まあ単純に戻ってくると僕は思っているので、これからそういうときにその場みたいなものを作っておきたいと、せめて自分の周りの人たちのために、そういうなんか憧れもう一回憧れているというあのさん年よ、年前の状況に。孤独ってめっちゃでかい問題ですもんね。うん、すごく大きいと思っていて、若い人の孤独の感じ方。若いといっても、この場合も 20代から多分40 代ぐらいまでがえっと人によっては非常にその。

孤独を感じてるこれはパートナーがいるとかいないとか、家族があるとかいないいないとか、仕事があるとかないとか、あんまり関係なくて、もう一枚何か欲しいと、なんか常に欲求不満しているような。だから。うまくいくかいかないかわからないけど、そういう場みたいなものを今までとはちょっと違った場みたいなもの。職場でもなければ家族でもないみたいな。だからやっぱりそのサードプレイスのサードプレイスの役割を規定して、職場でもない家庭でもない機能。

しっかり言葉として定義するべきだよじゃないと依存性が出てくるもん。例えば、職場でうまくいかないから、俺はそこでなんとかやってやろうとか、逆に家庭でうまくいっていないから、そこでなんとかやってやろうってみたいな出てくるもん。どうしてもなるほど、だから定義しようサードプレイスとしてうん。そちらが良くない。うん、やってみようやってみよう。趣味じゃないですか。趣味、趣味、趣味じゃ無いですか?仕事と家庭と趣味の両立って言いません。

趣味でシェアスペース必要でも、一人でやればよくないプラモデル。一人で作れば良くないプラモデルが趣味の人は、一人で作る場でもあのセカオワの同居も趣味じゃ無いですか?家庭でもない仕事があるよ。それで仕事に入ると思う僕の構想はやっぱりそこでビジネスマネタイズして行きたいとがありますか?ただ、株式会社組織になってないっていううん、ただ、もうちょっと明確に言語化定義化しておくと、なんだろうそれ、ヒントになるのはごく最近作った本でえっとイスラム圏にはラー派という言葉があるが、これは、第三の時間にしていてえっと日本語訳は無いんですよ。

で仕事でもなければ。その代価としての予感みたいなものでもない。第三の時間という概念があると、イスラムの人競争に rar と呼ばれていて、これはなんでもいい。潮閣旅をする雑談をするお茶を飲みたい。何をやってもいいんだけど、それは仕事でもないし、あるいはこんだけ仕事やったから休む権利を得るみたいな。我々の考え方でよく落としちゃってるけど、そういう何かの対価としての余った時間の楽しみでもないっていう。えっと時間でこれを言語化しようとした人がえっと学者にいて。

じゃあゆとろぎっていう名前にしたんだけど、ゆとりとくつろぎを合体させて間に派生する理屈っていう言葉があるんだけど、ゆとりのリート、それからえっとくつろぎの靴だから、ゆとりとくつろぎを合体させて理屈を抜いたものっていう意味でゆとろぎっていう言葉を一応当ててるんだけど。何かそういうような時間とか場所。はっきり言語化できないので、これをさらにだからーという言葉をさらに日本語化するっていうムスリムはその時間何してんの?

何してもいい。ただ、えっと。労働とか余暇ですらない。なんとも言えないんだよ。我々の感覚では捉えきれない。でもそれが一番大事な時間とされてるんだってんで、彼らの中では。人生のまさにその余白のようなものって余白であり、本質であるようなもの。家族とか家庭を持つっていうことも、明治以降の文化というか、国単位で制度設計して管理しやすいように作られたものじゃないですか。なんか昔からすげーあるようなものに思ってるけど、我々は仕事をするっていうことも。

まあ、どれだけ国家に税金を納めてくれるんですか?とか、経済発展寄与してくれるんですかっていうこと?うん、ペーストじゃない。なんかこう、どちらも。ちょっと他者視点が入っているというか、他者に利するようなコミュニティの中で、我々は生きること zしすぎてるんじゃないの?っていう定義がしようと思えばできるじゃん。例えば、だから、その第三の時間っていうのは、もしかしたらその自分の為の時間なんじゃないかっていう動物としての子としての自分として何かする時間なんじゃないかっていう感じがするから趣味って言っちゃうと、なんか余った余暇に何をするかみたいな話なんだけど、もっと能動的にその時間を。

どう過ごすかみたいなこと。そうだね。そうそう、労働制っていうのは確かに大事っぽいね。うん、うん。前提となるのは集まっている人間はあくまでも知ってる顔がもうすでに見えているやつで気が合うだろうなという事人たちを結び付けて起きたい。みたいなことは前提としてあるよね。だからそのみんな、僕が好きなメンバーとか、みんながお互いが好きなメンバーだけが集まって、みんなで何か時間とか場所をシェアする。そう確かに資するような要素を極力排した人と人をつなぐのが、編集者として面白いことに最近気づいたんぽん作るだけじゃなくて。

そういうのを持ってやりたいっていう気持ちが強い。だから本当にビジネスライクな女性の大学の先生とみたいな感覚が今ないほとんどなくなった前の職場ではあったんだけど、書き手の先生とプライベートで付き合いになってほぼなかったん?そういう感覚が今なくなって、どんどんプライベートと職場外で見られて、しかもそれがこの家に人を招いてご飯を食べる。当然、妻とも紹介するみたいな感じでも、家庭と職場と友達感覚みたいなものが入り乱れているので。

それを一歩進めたいという感覚の僕が強い。あと、もっと言えば。残しておきたい、そういう関係性を。めちゃくちゃ理想的な生き方だなっても、こういう生き方したいです。あのね。この一年くらい一年も経ってないけど、二人その人生が面白くなってきた感じ。もう一段階独立した時に一つめちゃくちゃ面白くなったんだけど。この半年ぐらいで、さらにそれがね、なんかこう、もういっこ。ギアが入ったというかねうん感じがある独立面白かったよ。

独立した頃の人生がむちゃくちゃになっていく感じ。自由な感じが面白かったですか?一戸、自分で積み立てるのもいっこ全部自分でやらなきゃいけないと言う感覚が。ものすごい興奮するし、ドキドキするその失敗の怖さみたいなもの含めて、それが同じ事がやっぱ九か月前に起こったうまくいかねーじゃん全然と、もう最悪じゃんとところがそっからこう。もう一回組み立て直して行く感じが。面白いっちゃ面白かったんだよねん。でその時、僕結構吹っ切れて。

その。今までやろうと思ってたホームパーティーとか、なんか著者とか仲良くなったやつ家に呼んでご飯食べたりとか、もう一歩プライベートなところまで仲良くなるみたいなことをやれってなかったわけ。全然本当憧れがあったんだけど、でもそういうことをもうやんなきゃしょうがないよっていうかやっちゃえっていう気持ちになってやってみたら面白くなってきて。その発展の先に今シェアスペースみたいなことを考えているので、バラバラに自分の人生が揺らいでいく感覚っていうのが、ものすごく面白いよかった。

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