《戦前の広告マン①》片岡敏郎伝説!#43
今回から3回で、主に明治大正期の黎明期の広告マンたちがどういう立場でどのような広告製作をしていたのかを紹介します。正直言ってクレイジーです。マスメディアが新聞くらいしかなかったこの時代におけるメディア開発やプロモーションの工夫ときたら驚くばかりです。HISASHIが勉強して得た感動をぜひ皆さんにお届けしたいと思います。
第一回は一人の人物を取り上げます。その名は片岡敏郎。広告を情報からコンテンツに変えた男の話です。
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おはようございます人間広告社開店しますなごさん。はい。福助旅という現在も続く旅製造の会社があります。はいご存知ですか?知ってます?おさすがです。早速ですが、クイズです。じゃじゃんマスメディアといえば、主に新聞が中心だった明治時代。新聞広告だけでは届かないターゲットに対して、福助の旅を買ってもらうために、創業者の辻本福松さんが行ったプロモーションとは何でしょうか?ええ、難しいですよね。どうぞ、はい。
人力車の壁壁というか、はいはい。に側面か?あ、そうです。あれに電車広告みたいな。はいはいはいは。い oh 的なはい。直子さんは明治時代の人で。すジャパン車で。あ、そうじゃなくて、あの発想が明治時代の人で。すあ、そういう意味で。すか、はい。メディア開発をするという意味で、へえ、メディア開発しなきゃいけなかったんですよ。明治時代の人はい。テレビなんかないからはい。はい。そういう意味で明治時代の思考です。
今のは素晴らしいです。はいですが間違いです。ヒントははい。足袋というものは靴と同じで、左右二つで一足というふうにカウントされますが。足袋は片方ずつでも買うことができるということです。あ、来た。足袋を包みにした。なるほど。プレゼントとかの?クリスマスの。ギフト袋として使ってもら。うお菓子が詰まった夢のサンタの靴あの要領ですか?全然違いま。すサンタさんって多分全国どこにも行きますよね?全然違うって言ってんのに、まだ食らいつくのね。
正解はですね大阪市内の民家に片っ端から片方の旅を投げ込んで回るです。え一足ずつ一足じゃないか片方ずつなってことか?例えば、右側なら右の足袋だけホイホイ投げ込んで回るシチュー。をえ、それって意味あります?福助の旅でございって言いなが。らああ、ボトって落ちてきて、もう片方を必要にさせる。そういうことですね。放り込まれた片方の旅捨てるわけにもいかないし、そしてもう片方買えば実質半額で旅が手に入るということになるわけです。
よ、へえ面白い。これって履き物がニコイチであるという特性に目をつけた見事な施策ですよね。はいで、これによって福助旅というものはブレイクしたということです。へえ、面白い。はい。今だったら何ができますかね?イヤポッツ。ああ、イヤポッツ。エアポッズの片方放り込むアップルでございって。まあ、そう考えるとかなりクレイジーなアイディアだと思いませんか?思います。でこれに近いものがニコイチではないんですけど、例えばジレットモデルってこれに近くないですか?
ああ、替刃。そう、あれって本体は安く売るか、もしくはもうサンプリングでつけちゃうんですよ。はいで。カミソリの刃ってめちゃくちゃ実は高いんですね。ここでしっかり単価をとっていくっていう作戦です。あとはネスプレッソも同じですよね。はい。あれって本体そんなに高くないんですよ。リースもできますもんねそ。うリースもできてエスカフェアンバサダーなるものがありますね。でも、カプセル?高いですよね。はいはい、いろんな種類があって、いろいろ欲しくなっちゃうしはいということなんでここからしても福助旅が行ったことがどれだけすごいかということはご理解いただけるかなというふうに思います。
はい、これが明治大正期における広告マーケティングのすごさなんですよ。うん。我々令和に生きる広告パーソンは四マスプラス。デジタルっていう。ある意味では型の決まった広告手法で考えられますよね。はい。これはこれで先達が築き上げてきた素晴らしいモデルだと思います。しかし、明治から大正という広告マーケティングの黎明期、そういう決まったメディアの方はないんですようんまあ、割と早い段階から新聞は発行されてたんですけどもマスメディアと言われるものはそれぐらいで、しかも新聞は全過程に普及していたわけではなかったということですね。
はい。だから自然的に当時のマーケッターっていうのは創意工夫で、自社の商品の宣伝をしなければいけなかったというわけです。まあ、今で言う打ち手ニュートラルとかメディアニュートラルとか言われますけども、それが当たり前だった時代はいだったと言えるかなというふうに思います。これは本当に大変だったと思います。まあ、同時に当時自分が生きてたらめちゃくちゃ面白い時代を生きれたかなっていう気もしなくはないなと。型がないですよね、ある種。
ないんです。よ、どうやって売るかって真剣に向き合う。そう、しかもデータもないか?らはいうん。誰にどうやってどういうことを言うと買ってくれるかっていうのも、試行錯誤でしかない。ベースになる知識がない。そういうことです。はいま。あ、そういう意味では我々は相当楽をしているとも言えませんか?少なくとも四マスプラスデジタル、しかもターゲットにちゃんと情報を届ける手段っていうのも充実してるわけですよね。で翻って明治大正のマーケッターっていうのは、コミュニケーションの手段とか、あるいは先ほど出ましたけど、媒体から開発しなければいけなかったというわけです。
はい。だからはっきり言いますが、我々はぬるま湯に浸かりすぎなのです。我々なりの苦労もありますよ、もちろん。一方で現代も世代によってメディアの偏りが激しくなってたりする難しさっていうのはありますよね。今、テレビ CM ですら全世代全ターゲットに届けるということは結構難しくなってい。るはい。まあ、かといってネットメディアもかなり細分化されていて、どれを抑えることによってどのターゲットに届けられるかっていうのも、かなり戦略性が必要になっている。
はい感じがしますね。だからまあ、この機会に我々は明治大正の手探りのマーケティングを改めて評価して、それを現代の新しい時代にも生かそうかなとはいいうことで、本日のテーマはすごいぜ戦前のプランナーです。おお。ちょっと勉強と原稿作りに気合いが入りすぎたので、3回シリーズになり。ますじゃじっくり勉強できますねまた。そうですね。マーケティングの歴史応用編みたいな感じですか?深。掘り会、そうなんですよ。このラジオ歴史好きだなみたいになってると思いますけど、そうなんです。
僕が大学時代に歴史を勉強してたんです。歴史大好きなんです。ただ、今回はもう本当に広告に特化した明治大正の、しかも日本の歴史なので、結構マニアックですが。知っておいた方が良い情報ばっかりで、めちゃくちゃ僕は勉強してて面白かったですはい。結構マーケティング分野に関しては日本初が多かったですもんね。そうですね。最初にマーケティングを行ったのは?越後屋。でしたねではでは、彼らの工夫と情熱を一緒に見ていきたいと思うんですけども、前提条件としまずお伝えしたいこととしては、1900年前後にはすでに広告会社はポツポツと出現してました。
でも。それら初期の広告会社の仕事って新聞の枠の取り次ぎ要するにメディア枠を買って広告主に売ることだったんで、今のようなクリエイティブなお仕事っていうのはほとんどしていません。広。告に関する広告制作も含めた業務を行うようになるのは、もっと後のことになります。はいはいなので、この時代の広告制作の担い手はメーカー自身で多くの場合、広告制作部みたいなものがあったり。経営者自身がコピーを書いたりして。いました。
ああ、じゃあ今も結構メーカーさんの中に広告部みたいな名前のところあったりするじゃないですか?マーケティング部なのかな?はい。一般的には、はい、これってこういうところの名残ですか?そうい。うことです。直子さんは今、僕の台本を一行先読みました。カットで。いや、いいんですよ。はいいいんですよ。広告宣伝部があって、広告制作まで行っている会社があるとすると、例えば化粧品メーカーとかアパレルメーカーですよね。
これは自社にデザイン部を抱えています。で、なんでこれらのメーカーが自社でデザインまでやってるかというと、ブランドイメージとビジネスモデルが直結してるからなんですよ。ああ、なるほど。だからアウトソーシングせずに自社で広告を作っているということになります。はいまあとはいえ、その明治大正メーカーが担っていた広告制作。まあ、現在のような分業制をまだ成立していないです。今はこうまずマーケッターがいて、まあ、商品開発から販売までにない。
それからストラテジストとか戦略プランナーみたいな人がいてでコピーライターがいて、アートディレクターがいてみたいなこうスキルの分解があるわけですけど、これがなかったので。まあ、突然変異のように生まれた天才が広告制作のすべてを担っていたっていう感じです。なので、今回の話はかなり属人的な事例になっていきます。まあ、スーパースターたち。の話、おお面白いですね。ただし、広告会社が取次ぎ、業から総合広告代理店へと拡張していく。
過程っていうのも実は面白いので、これも多分第 3回になりますけど、少しだけ触れます。はいで本日の参考文献なんですけど、岡田義郎さんの日本の企画者たちです。雑誌の宣伝会議の連載を単行本にしたものなの。でもしかして読んでいる方もいるかなというふうには思います。でどっから手をつけるか非常に迷ったんですが、まず広告パーソンなら必ず知っておいてほしい大先輩大物にスポットを当ててみようかなというふうに思っております。
はい。そういう煽り屋です。何がですか?わからない可能性があるからですって。別にここはクイズにしません。はい、あよかった。多分知らないと思ったんで、クイズにしません。足元見られてるはい。はいっていうか、僕も知らなかったんで。それは片岡敏郎さんという方です。本日というか、この 3回人の名前がたくさん出てきますんであの忘れてもらって結構なんですけど、人物違うんだなぐらいは区別していただけると助かりますで、片岡さんと聞いて皆さんピンとくる人も多いんじゃないかなとは実は思ってますで片岡さんって 1914年に森永に入社してるんですね。
はいでその後コトブキヤはい、これ現サントリーですね。でその後、スモカ歯磨き。などの広告を手がけた天才です。広告を単なる情報伝達からコンテンツに変えた立役者と言っていいと思います。うん、我。々は毎日片岡さんに手を合わせるべきだなというふうに思っています。はいで初期の代表作は森永ミルクキャラメルの新聞広告ですね。はい、お見せします。お持ちなんですね。そして、これはラジオなので。当然、直子さんに説明をいただくことになります。
うわ。新聞広告ですからね。はいはい、どうぞ。えっとですね新聞広告でしてこれはお相撲さんなんですかね?立山っていう半が押してあって、真ん中にどんと手のひらの半。手形ですね。手形。手形がありますで、そこに。切り抜き切り抜きじゃないなすり抜きで天下無敵なんだこれは?あ真ん中のあたりの細かいコピーは読めなくても大丈夫ですはいは。い僕もよりなんかミルクキャラメルと掘られてますはい。ありがとうございます。立山というサインがありますね。
これは無敗のまま引退した伝説の力士なんですよ。おしゃれ。引退した直後にこの新聞広告を打ってます。おしゃれ。ですごいのは、この立山の原寸大の手形を写し取ることで新聞広告を読む者から遊ぶものへ変えたんですよ。わかりますよね。大人も子供も自分の手合わせて比べたと思います。ああ、知りますねこれは。コンテンツですよ、だから。はい。でちなみになんで力の強い力士が起業されたのかといえば、この当時のキャラメルはお菓子でもありつつ、滋養強壮の健康食品という扱いでもあったということから来てます。
まあ、今見ても斬新ですよね。はい。あの栄養価の抜群みたいなのが入ってますもんねな。るほどよく見えましたね。あんな力士みたいになりたいという子供がこのキャラメルを選択するということですね。はい。次にコトブギヤに移りまして。赤玉ポートワイン。はい。というワインですね。これの広告新聞広告ちょっとこれびっくりしますよ。楽しみ。はい、どうぞ。あ面白いだいぶ遊んでますねえっと原稿の上に。原稿。原稿記事新聞の一面の記事の上を赤くぐるぐるぐるってシミみたいにつけて、本当文字の上に赤玉ポートワインって赤字で乗ってます。
そうですで、その下に通常広告。巡行が入って。ますねはい。これ発想が圧巻すぎませんか?この当時としては。はい。これ赤、赤色で印刷されたってことですよね。あ。いいとこに気づきましたね。この後言おうと思ったんですけど、はい、ほぼ初めてのカラー印刷です。これが。すごい。はいでちょっと戻りますが、はい当時というか今もなんですけども、子供が習字の練習に新聞紙を使っているということに着想を得て作られています。いわゆる擬態広告ってやつですね。
だから、この赤字で赤玉ボートワインって乗ってる下の生地はフェイクです。おしゃれですね。おしゃれでしょう。こういう洒落のきいた広告なんて多分消費者見たことなかったと思うんで、相当驚いたでしょうし、はい。本物の記事に何やっとるんじゃいって怒る人もいたのかなというふうには想像します。どっちの広告も今見てもうんなんかワクワクします。そうでしょう。そう思いますで、むしろこれにオマージュを受けたものがたくさんありそうな気しませんか?
はい、じゃあそれを見ていただきましょうか?はい。現代のクリエイターがこの赤弾ポートワインの広告を知ってか知らずか、例えばこれはい知ってますよね?How do you do ですね。あれ、タモリさん?はいはいはいは。いこれは時間をジャックしてるんですねタモリさんが。そうです。いわゆるあの新聞の最後の欄ラテ案はいラジオテレビ欄。ラテラントは当日のテレビ番組のスケジュールを記載しているページのことでありますけれども、その中のミュージックステーションのスペシャルの時間帯をたもさんの絵柄だけにしてるっていうミ。
ュージックステーションの方が笑っていいともだと思っちゃっ。たはい、何言ってんのかなと思って。はい、急にいいとも少年隊出てきたんですけど。はい。これよくやったなというふうに思いますね。それから割と最近の例で僕が秀逸だなと思ったのはこちらでございます。遠目から見て何の広告?これもラテ欄なんですけど、何のテレビ番組を広告しようとしているかわかりませんか?あ。鬼滅の刃。そうです。はい、ちょっと説明してくださいこれ。
をはいラテ欄 9時から 11時半が土曜プレミアムの鬼滅の刃第二夜について情報が書かれてるんですけど、上からそこだけ?白と緑の格子格子じゃないな市松模様になっていて多分炭治郎の服とそうです。連続させてますよね。素晴らしい。これも突破した人、素晴らしいですね。この企画をはいということなんでこういうふうにもともとの記事にプラスアルファして遊んでみるっていう発想っていうのは、片岡イズムが引き継がれてるんじゃないかなというふうに言っていいかなというふうに思います。
はい。逆に先駆者がいたんだよっていうことも知っておいた方がいいかなというふうに思います。で片岡さん次に誰もが知るあの広告を作ります。これはナオコさんも絶対知っている。当てていいですか?はいグリコの看板。さっき片岡さんの経歴にグリコなんか一言も言ってな。いね森永じゃない森永とグリコびっくりする私会社だと思。った今日結構メモってるメモってるはずなのにちなみにこれは広告主はコトブキヤです。そして、はい。
商材も同様に赤玉ポートワインです。はいはいこちらです。いや、見たことないです。この方はどなたですか?この方はまあ、当時言えばモデルさん。ちょっとなまめかしい女性が上半身裸はいで胸元隠すように唯一。赤の着色がされた赤ワイングラスを持っている。はいで下に美味滋養、ぶどう酒、赤玉ポートワインっていうスリーがあります。という説明を聞いて、皆さん広告中の方はあの広告かと頭に思い浮かんだと思うんですけど、これ今だったらコンプラ案件ですよねうんどうですか?
エックスで大炎上して謝罪会見ですよ。完全に。それは?なまめかしすぎるっていうギリギリじゃないですか?もうギリギリギリギリだなと思いました。しかも正直、ジェンダーロールにも引っかかってますよこ。れ、ああ、なるほどうん。いきなりヌード写真を広告に使ったということ?ではい、当時の方がいかにセンセーショナルにこれを受け止めたかっていうのは想像に難くないですよね。逆に当時の方が厳しいぐらいなんじゃないかなとさえ想像しますけど。
はい、そうです。なので、片岡さんは?別にまだ決まり事がなかった時代にギリギリを攻めたということですね。これ相当批判も浴びたとは思いますよ。はい、これが日本初のヌードポスターだと言われております。ちなみに朝ドラのマッサンって見ませんでした。見てないですけど、わかりますワインワインじゃないとウイスキー作りのご夫婦の話でしたよね。そう。です。そうです。そうです。竹鶴さんですね。モデルになってるのは?で竹鶴さんはもともとサントリーにいたんですけど、その時の一つの描写としてこのポスターを作る過程が出てきます。
ええ NHK でもじゃあ取り上げられたそうです。国民的ポスターなんです。ねポスターを長子さんは?知らないはい。でこのポスターのすごいとこはヌードだけではなくて。女性はセピア色なのにワインだけ着色されてるってところなんですよ。うん。この赤色の調整になんと半年かかってます。冷静に考えてくださいはい。この当時の印刷技術でこの赤みやばくないですか?グラ。デーションをちゃんと綺麗に出してますし、その通。りなんですよ。
ハイライトも入れてはい。この色を出すのに半年かかった。つまり、社長の鳥居新次郎さんからなかなかオーケーが出なかっ。たそっちなんですかは?いそうです。ということのようです。でも、こだわっただけあってすごいポスターですよね。まあ、広告業界でよく神は細部に宿ると言いますけれども、まさにその典型的な例かなというふうに。思います。はい、片岡さんのすごさは、実はここからなんですよ。日本初のアドライターと言われた彼なんですけれども、はい、コトブキヤに所属していた時に歯磨きスモカという商品を企画、開発してるんです。
お酒屋さんの前身なのに歯磨きっていうのがうんうん意外でした意外です。よね?しかも企画開発してるんですよ。はい。この人は一体何者なんだともはやね、これ、タバコを吸う方のために発売された歯磨きですね。はい。これが大ヒットしましてでコトブキヤから譲渡される形で、片岡さんは新会社を設立することになります。はいでさらに片岡さんは販路として。タバコを販売していた専売公社を開拓するわけですね。はい。要するに片岡さんは商品の企画から開発から製造、宣伝、販売すべてになったわけですよ。
すごいですね。事業家というか、実業家というか、うん。さらに、この販売方法の制限が結構ユニークではい値下げとかおまけなど一切許さないっていう姿勢を示して、ブランドイメージの確立。というところまでやったんら?しいですよ。あれ、ほぼスティー。ブジョブズ出てきたまた出てきたよそうですねアップルは絶対に値借りしないですからね。同じです。現在のほとんどのビッグメーカーって開発から販売までバリューチェーンを細かく分業にしてますよね。
なので、個々のパートは専門化して高度化していく。一方でトータルでブランド管理するっていうのは結構難しくなっている時代かなというふうに思います。…
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