今こそ戦争とPRを語ろう《戦争とPR①》#83
とある県の県知事選挙の様相を見て企画したこの回。オンエア時点でさらに、あるメディアが関与しているとされる事件によって国民の怒りの矛先は右往左往しています。各人が様々な意見をお持ちだと思いますが、その意見って誰のどの言説によって形成されたものでしょうか。
我々は事件の現場を確認したわけでもなく、当事者から直接聞き取りをしたわけでもありません。つまり少なくとも二次情報か三次情報を元に自分の考えを作り上げています。
でもその情報、誰かが何らかの意図を持って作られた可能性がないでしょうか。そうかもしれないし、そうじゃないかもしれません。でも全てのメディアの情報は、筋が通るからといって安易に受容してはいけません。
といった情報操作について、とある戦争の外側で行われた情報戦争の話を通じて、知識として頭に入れていただければ大変ありがたいです。
3回シリーズの1回目です。
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おはようございます。人間広告者、開店します。ナオコさん。はい。最近、ちょっときな臭い世の中になってますよね。それは各国って意味ですか?もちろんです。各国です。まあ、僕もナオコさんも、その良し悪しについては今日は語らないんですけど。はいという保険を置いた上で問うんですが、例えば昨今の兵庫県知事選挙とか。はい。アメリカ大統領選挙とか、どう思います?今までとは違うな。っていう感じはありますよね。どう違いますか?
うん。選挙の戦い方。うん。がどうなってます?メディアが変わってますよね。まず。ああ、なるほど。リーチされるメディアっていうんですかね。情報ソース民衆が情報源として。うん採用するメディアの種類が変わったのはなんとなく?はい、感じてます。全く。その通りだと。思うんですよ。で、その時に僕が気になっているのは、完全な事実を知りようもない一般市民が、限られた情報、特にわかりやすいストーリー化された情報に踊らされて、自分の意見を決めていってしまう現象のことですね。
そうですね。もうなんか、何がどこに正しい情報があるのか。ソーシャル上も含めて、一切わかんない感じになってますよね。そう、その時に何を手がかりにこれは信ずるに足る情報だと思うかといえば、それが自分が理解ができるかどうかっていうストーリー。理解してません。ほとんどの人は、まさにそこがちょっと民主主義の危機って感じが僕は若干します。とはいえですよ。政治にしても事件にしても、我々はまずその現場を観察しているわけではないですよね。
はい。で、さらに。例えば当事者への聞き込み。ヒアリングとか物的証拠という位置情報の場に同席することも、ほとんどの場合不可能ですよね。なので、我々が接するのは報道機関を通じた二次情報か、もしくはその報道を見た人が推察してエスエヌエスに投稿したような地獄の3時情報になってくるわけじゃないですか。で、その時点で大部分の事実が抜け落ちて別物になってしまうっていうのは、まあ当然ちゃ当然じゃないですかね。で、そもそもなんですけれども、行動経済学の会で言ったように、人間なんて所詮どこまで行っても限定合理性の生き物なんですよね。
まあ、すべての情報にアクセスして、合理的な判断なんてできるはずもないわけですよね。うん。だから、自分は合理的な判断ができるんだと思っている人の多くが陰謀論にはまっちゃうということになって、人間はあくまでもポンコツだってことを自覚して生きている人の方が、むしろ正確な判断ができる。気がしませんか?無知の知ですね。まさに無知の知です。ソクラテスですね。で、三小説っていうのを解説したのを覚えてますか?数ヶ月前に。
仏教に関するやつで。すそうですそうですそうです。あの、唯識論ってやつのはい、一つの考え方として、三小説っていうのを解説したんですよ。これ、何の回です?説明したんだ。ろう。行動経済学じゃないか。な行動経済学ではなくて、えっと、多分スキーマの会だと思います。うん、で説明したので、もしよろしければ復習していただければ面白い回だと思います。で、今回のお話に一番関係するのが、その中でも得た気象っていうふうに説明したやつで、ある事象とある事象、勝手に頭の中で結びつけて納得しようとするバイアスのことでしたね。
人間は物事と物事を独立させてそのままにしておくっていうのは、めちゃくちゃ気持ち悪くて仕方ないんですよ。だから必ずそこに幻想の因果関係を見てしまって、実に短絡的なストーリーとして解釈しようとしてしまう。これ無意識に、例えば兵庫県知事選挙でついて言えば、某知事を県議会が糾弾するのは、改革勢力を潰そうとする旧勢力の抵抗なんだみたいな、そういうお話をまんま信じてしまうわけですよね。まあ、僕もこれは真実か事実かわからないですよ。
わからないんですけれども、じゃあそれを信じた人はあなたその場見たんですかっていう当事者に直接インタビューしたんですか?っていう話で。つまり、難しい要素を排除したわかりやすいストーリーに乗っかっただけなんじゃないですか?っていう見。方もできますよね。しかもインタビューしたところで、その本当にそうかまでを実際にわかんないです。よね。そうなんですよ。我々は悲しき限定合理性のモンスターだってことを常に自覚しなきゃいけないということ。
なんです。まあ逆に言うと、こういうわかりやすい話、二項対立とかですね。あいつが悪いんだとか、こういうものが裏にあったから、これが隠されてるんだみたいな、そういうわかりやすいストーリーが出現した時っていうのは、逆に危ないシグナルだと捉える、そういう癖をつけてもいいのかもしれないなというふうに思います。もう、冒頭から学びが。あります。まだ1月ですよ。人間の脳が極めて短絡的であることをマーケティングに活用するレベルであれば、まだ可愛いものですよね。
これは行動経済学の時にもやったような話になりますが、ただこれが選挙とか、ましてや人命の関わる戦争になってくると話は別ですよね。悪質ですね。悪。質です。後でまあ一般民がね、踊らされてましたみたいな話で済む話ではないですよね。命がかかってたりしますもんね、生活とか。そう、あと国益も関わってきちゃうしね。はい。でも現実的には、そういうあらゆる重要な局面で、我々は限定的な情報に基づくエタキショー、まあ、事実の相関関係、因果関係を勝手に見てとってしまう。
そういう性質によって、誤った判断をしている可能性は極めて高いです。はい。そして今回お話したいのは、それをわかってて、あえて仕掛けている人たちの話です。なんかきなくさい。回ですね。きなくさい回ですよ。なので。年始早々、大丈夫ですか?厳かにやっております。はい。今回こそ、ほんとクソリポやめていただきたいなというふうに思っています。で、人間が限定合理性しか持ち合わせてなくて、さっき言ったように得た気象によって因果関係を勝手に妄想して。
で、難しい分析より簡単なストーリーの方を好むことを十分に理解している人たちがこの世にはいるわけですよ。うん。その人たちが自分側が有利になるように情報操作をしているというお話です。これ、今更驚くことはありません。昔からやってます。当たり前のようにみんながやってるんです。諜報機関と呼ばれるような人たちにつくイメージですよね。そうです。で。人間、基本的にポンコツなので。不利な情報を隠して有利な情報を提示すれば、勝手に勘違いして味方になってくれるわけですよ。
うん、という性質を持っています。はい。そんなわけで、今回のテーマは戦争とPRというふうにさせていただこうかなというふうに思っておりま。す、はい。かなり重いテーマなんですけれども、自分の頭で考えて、正しく情報を摂取することの大切さというものを教えてくれる、そういう教材になればいいかなというふうに思っています。まあなお当然戦争なので。この話の裏側では、大変残念ながら軍人も民間人もたくさんなくなっています。
で、どちらが悪いのかとか、どちらが加害者で被害者なのかとか、そんな議論は未だに実は続いてますし、まあ僕はどちらがいいか、悪いかなんてことに言及しません。強いて言えば、戦争は基本的にはどちらも正義があると思い込んでいて、でも結果としてどちらもかなりの悪事を働いている。まあ、人類にとって最悪の行いということは言えるかなというふうに思います。はい。で、それを大前提にしつつも、ある戦争におけるPRの影響、PRの作用について考えたいと思います。
で、本日の参考文献はドキュメント戦争広告代理店情報操作とボスニア紛争という本です。本なんですね。これ。本になって映像作品かと思いまし。た、すごいいい指摘ですね。実はNHKのドキュメンタリーが元になっているはずです。そこから情報を付加して一冊の本にしているやつですね。結構な情報量のある本なので、もちろんすべて引用するわけにはいかないんですが。なので、まあ、この本を読んだことがある人に関しては物足りない可能性もありますけれども、その中でも特にPR会社が意図的に行ったこと、善悪がどのように決定されていったのかに関わる部分を中心にお話ししたい。
なと。プロパガンダと呼ばれるも。のそういうことです。はい、まさにプロパガンダです。基本的に論説を本書に準じますので、僕がどう思ったみたいな話ではありません。で、もし明らかに誤った情報があれば訂正しますけれども、ただ、いろんな立場のいろんな解釈がある大前提でお聞きいただければなというふうに思います。で、まずこのボスニア戦争、もしくはボスニア紛争というんですが、これがどういうものだったのかっていうのを説明するのが結構複雑なんですよ。
かつてですよ。かつて80年代にユーゴスラビア、正確に言うとユーゴスラビア連邦っていう国があったの知ってますか?はい。聞いたことあります、あります。か、よかった。バルカン半島にあって冷戦時代に存在してたんですけれども、多民族国家かつ多宗教国家で、冷戦時代はいわゆる東側社会主義国家の陣営の一角でした。ただ、チトウという名前の独裁者の死去と、それから80年代後半に冷戦が終結しますね。で、各民族が独立して、自分の国家を次々に打ち立てていきます。
まあつまりユーゴスラビアがどんどん分解しされていくっていうことになります。例えばスロベニアとかクロアチアはこの時できた国ですうん、はい。で、それに対してもちろんユーゴスラビアとしては崩壊を食い止めようとしますよね。はい。なんでこの動きに抵抗していきます。いろんな国と戦争を仕掛けていくことに、まあ結果になるわけですけど。で、最終的に残ったのはですね。セルビアとモンテネグロというこの二カ国、この二カ国でユーゴスラビア連邦というものを形成したわけですね。
ただ、その政治の実権はほとんどセルビア人が占めてま。し。たうん、だからユーゴスラビア連邦イコールほぼセルビア共和国だと思っていただいていいと思います。はい。セルビア人はこの周囲の民族をなるべく従わせて、領土を獲得するためにユーゴスラビアという枠組みをなんとか残したいというふうに考えていたという状態ですね。で。まあ、スロベニア、クロアチアに続いて独立の意思を示したのが、今回の主役の国であるボスニアヘルツェゴビナなんですよ。
はい。まあ以下ボスニアという呼称で統一しますが、一旦地図を確認しておいた方がリアリティを持って聞くことができると思うんで、皆さんもぜひボスニア紛争地図など、まあ当時の領域ググっていただければなというふうに思います。これで言うと、色がついている部分が元々のユーゴスラビアです。で、ここからどんどんどんどん分離独立して。い。って北のスロベニアクロアチアが独立で今度はボスニアヘルツェゴミナが独立しようとしている今回の話は、このボスニアヘルツェゴミナが舞台になります。
戦争の舞台になります。ユーゴスラビア連邦としては、ボスニアの独立はどうしても看過できないんですよ。というのは、ユーゴスラビアは多民族他宗教でしたが、ボスニアはその縮図のような国なんですね。4割をイスラム教徒の多いボシュニャク人。が占めてるんですが、実はセルビア人も3割いたんですよ。で、政治の中心はボシュニャク人が占めているんですけれども、ただ、セルビアもセルビア人もたくさん国内にいる状態。それでもボスニアはボシュニャク人を中心とした国家として独立したいというふうに考えていたということですね。
で、当然ですけれども、ボスニア国内のセルビア人はセルビア本国から支援を受けながら、独立を阻止するために動きます。これが内戦の始まり。なので、これは言ってみればボスニア国内の内戦だと捉えていいと思います。とはいえですね、ボシニャク人は人口も予算も少ないので、真っ正面からセルビアとセルビア共和国と戦争すると勝てそうにないわけですね。そこで物理的な戦争以外の手段に出たっていうのが、今回のPRの話になってくるわけです。
つまりPR戦争に持ち込んだということですね。で、今回の戦争内容を思いっきりシンプルにまとめますと。ボシュニャク人は自分たちの国家であるボスニアを作りたかった。しかし、その寮内にはセルビア人がたくさん含まれていたので、セルビア人が抵抗した。こうしてボシュニャク人とセルビア人およびセルビア共和国との間で戦争が始まったという風に考えてください。まあ正確に言うと。ちなみにボスニアにはクロアチア人もいたので。
はい、実は三つ巴の内戦なんですけど、今回クロアチア人には言及しないので、基本的にはこのボシュニャク人とセルビア人の戦争だと簡略化させてください。多分これ聞いてるだけだと本当にややこしくなりそうなので、皆さんぜひ地。図を手元に見ながらそうですね。聞いてください。聞いていただけ。ればはいま。あ、ただ、あのすべて忘れていただいても、なんかボシュニャク人とセルビア人の内戦なんだなって答えて覚えていけば大丈夫です。
はいはい。で、始まりは1992年です。はい、この戦争を結論から言えば、全員各国、各民族と言った方がいいのかな。自分勝手なイデオロギーで殺人とか暴行を繰り返している時点で、客観的に見れば全員真っ黒なんですよ。アウトレイジです。つまりこれはで、もちろん個々の戦闘を見れば、つまりミクロの視点で見れば虐殺とか暴行もあって、ポイントポイントでの善悪はあると思いますが。はい。で、実際に戦後ではここはまずいよねっていう国際裁判も開かれていて、で、容疑者が裁かれたりもしております。
でも俯瞰してみると、発端から終結までお互いがお互いを倒そうとする泥沼の内戦です。で、この点が、例えばナチスドイツがユダヤ人を一方的に迫害したホロコーストみたいな明らかな犯罪行為とは全く違う点ですね。ここポイントです。つまり、誰も善悪は判断できない曖昧な状態にそもそもあったわけですよ。喧嘩両成敗。みたいな。本来はそうです。はい。なのに、結論から言えば、不利だったボシニャク人はPRの力で西欧諸国の味方につけることに成功して、セルビア人はそれに失敗していろんな汚名を着せられ、最終的にはユーゴスラビア連邦崩壊していくという過程をたどることになるわけです。
知能で勝ったってことですかね。ま。あ、知能で勝ったって言っていいんですかね?うん、でもかなり。もちろん、あのボシニャク人顔をかなりの人的被害を受けてますね。はい。で、戦争の爪痕としてはですよ、死傷者数は約20万人で、難民避難民200万人で。これ、戦後ヨーロッパで最悪の紛争なんですよ、実は。ちなみにちょっと身近な話題なんだよっていうことを言うために、少しだけインフォメーションですけれども。ボスニアの首都ってサラエボです。
はい、世界史でも有名な都市ですよね。サラエボ事件って、なんとなくワードが残りますよね。それ。です。それです。第一次世界大戦の引き金を引いたのはサラエボ事件という事件で、これはオーストリアの皇太子がセルビア人の青年にサラエボで暗殺されたんですね。で、これでオーストリアがセルビアに宣戦布告。で、ドイツとかオスマントルコなども軍事同盟がこうあったんで、ズルズルと引きずり込まれていって、世界初の世界大戦、第一次世界大戦が勃発したということになります。
はいはい、軍事同盟って。怖いですね。そう考えると、ずるずるいっち。ゃうんですよね。はい。軍事同盟のやり方も、この時代はまだ発達してなかったんで、いろいろあったんでしょう、おそらく。ちなみにセルビアの首都はベオグラードと言うんですけども。サラエボもベオグラードも。いつか行ってみたいなと僕個人的に思っている都市でございま。す。今はもう安全なんですか?安全ですが、まあ若干あの地雷を待っている郊外に行けばねもあったりします。
サラエボとベオグラードを見ると、カラフルな世界観と灰色の世界観で全く違います。年ごとの色がってことですか?と。言ってもいいんですが。要するに、うまく西側諸国と連携を持って発展したのがサラエボで、はいはい。西側諸国から見放されてしまって、経済的に発展できなかったのがベオグラードと言っていいでしょう。それはこの時のPR戦争にボシニャク人が勝った。からです。なるほど。それが文化として根付いてしまったんですね。
そうなんです。さて、ボシニャク人主体のボスニア政府というのは、独立の動きを示せば、国内のセルビア人とか、隣国のセルビア、まあつまりユーゴスラビア連邦なんですけども。彼らが武力に訴えてきて負けるってことは分かっていました。なのでまあ、戦争の最初から国際社会を巻き込んで、西欧諸国、とりわけアメリカからの支持を集めて助けてもらうことが絶対に必要だったわけですね。で、そのために活動したのが外務大臣のシライチッチという方であり、彼と契約したアメリカ人のピーアールマンであるところのジムハーフさん。
この人が超不凄腕です。アメリカの方がピーアール戦略したんです。ね。そうなんです。そうなんです。面白いですよね。なんでそうしたかっていうと、アメリカの世論を身につける、そしてアメリカ政府を動かす、そして国連を動かすという順序が一番いいというふうに白井実さんは考えたから、はいですね。で、実際に彼が何をしたのかという話に入る前に、この情報戦争の直近で起きた有名な事件を少し言及しておきたいんですね。イラクのフセイン大統領がクウェートに侵攻して勃発した湾岸戦争。
知ってますよね。はい。暗闇の町に緑の対空砲が飛び交う映像で有名な戦争ですよね。多国籍軍っていう言葉も有名になりましたね。で、この時、クウェートはアメリカのピーアール会社と結託して、ある情報戦を仕掛けてるんですよ。クウェート侵攻から二ヶ月後なんですけども、アメリカ議会下院の公聴会で一人のクウェート人少女が証言台に立ちました。そして、その目で目撃したイラク軍が行った世にもおぞましい蛮行出来事を。語ったんですね。
で、それに対して当時のアメリカ大統領もこれは報復しなければいけないと発言して、世の中の憤りを形成していったわけですよ。しかし、戦後ニューヨークタイムズによって、この事実が嘘であることがすっぱ抜。かれました。そ。の少女はクウェート大使の娘で、一度もクウェートに行ったことすらなかったらしいんですよ。つまり、大統領も国民もピーアール会社に踊らされていたっていうことです。で、アメリカ政府はここから二つのことを学びますよね。
当然ですが、一つ目は、PR業界の奴らは事の真偽を問わずにどんな手を使っても国民を騙してくるやつだというふうにまず認識をしますよね。で、もう一つは、こういった単発の出来事に大統領が右往左往するっていうのは、かなり政府にも世界にも大きな影響を与えてしまうんだっていうことの教訓を得たということになりますね。で、これはジムハーフさんにとってはビハインドなスタートですよ。うん。自分の言うことが信じてもらえるのかどうかというところですね。
で、実際にアメリカ政府を引きずり込むところまでにめっちゃくちゃ苦労してます。そもそもこのボスニア戦争はアメリカの利益に全く関係ないんですよ。湾岸戦争の時に、なんでアメリカがあれだけ張り切ったのかわかります。オイル、そうです、オイルです。石油の利権が関係してたからですね。でもジムハーフは最後には国際世論を動かして。セルビアユーゴスラビアを悪者に慕ってあげることに成功したわけですよ。すごいですね。すごいです。
すごいです。…
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