《昼の広告社》『海がきこえる』を観て泣きながら青春を理解する
渋谷ル・シネマで氷室冴子×ジブリの名作映画『海がきこえる』のリバイバル上映を一人で観た40代のおっさんは一人泣きながら明治通りを歩いて帰途に就くのでした。30年ぶりに観たその映画はもう二度と戻らない青春の日々と青春の本質を教えてくれたのです。全おっさんが泣いた感動の映画の解説をHISASHIが泣きながら行います。くっすん
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人間広告者はお昼休み中、いったい何を話しているのでしょうあ。の最近、映画見に行ったんですよ一。人で一人でいいっすね。渋谷にあの海が聞こえるっていう。か存じております。あれそれ、映画やってるんですか?映画を今リバイバル上映してるんですたまたま。一ヶ月ぐらいの限定上映だと思うんで、これがオンエアされる頃に終わってる可能。性が高いんですけどうん?で 1993年ロードショーでええ氷室佐恵子さん原作の小説をスタジオジブリが映画化したもの。
うん。まあ、この映画によって僕の青春の価値観が規定されたと言って過言ではありません。ああ、昔見たんですか?見ました。ああ、久しぶりリバイバルで見たん。ですね小説を見読んで、そして映画も見う。ん、めちゃ読んで。る。感動してしまい、まあ感動とは違うな。なんかこう女性というものとの付き合い方が規定されてしまったんですよ。これ。ええ、当時、ひさし少年何歳です?かひさし少年のころ高校生になったかなってないぐらい 15 六歳。
ああ、その時期にこれ見にやばいですねうん。あ内容知ってる?みんなちらっと一回見たかな?一回半見たかなぐらいです。コーチですねコ。ーチで。すあの舞台は?そうですよね、はい。なんだ見たんなら話が早いんだけどさ。はい、要するにあのツンデレ女子ですようんご。めんなさいあんま覚えてないんで、ちょっと一。旦解説つ。いてもらっていいですか?はい。東京の大学に進学した森崎くんが。はい。コーチに戻る。そして改装が始まるっていう話で、その時にツンデレ女子が東京から転校してきたわけですよ高校に森崎くんはもうあの高知。
こっちの校長とか。校長とかうんだからずっと方言で喋ってん?だけどで東京なら越してきたと。そう、東京の女の子を越してきた。これだけで多分大事件じゃん。田舎的に。言うとそう。ですねで、なおかつ典型的にその女の子、武藤里佳子さんはこんなとこ嫌で。東京に帰りたいで、どうやら離婚して高知に来ていて、パパに会いたい。東。京にいるパパに会いたいで地元にいるこの人たちとは私は会わない。違う人間だ。だから、文化祭とかの年収とかも全然やらない一人ずっと行動している。
その割には、無邪気に自分の思った通りにすべて行動してしまう。パパに会いに行くために、いろんな人に嘘をついたり、いろんな人にお金を、あの嘘をついて借りてで、結局主人公の森崎くんと。この武藤里佳子さんは一緒に東京行く羽目になって。しまう。でパパに会うんだけれども、パパも新しい女の人ができて。てうん。そんで、まあ帰ってきて。うん。で別にこの 2 人はこの付き合っているような良さ見せない。うんうんう。んうん。
むしろ森崎くんの親友の方が武藤里香子さん大好きだったりするっていう状態でうやむやうやむやあって。それであの改装が終わるんだけれども。でみんな主人公は東京の大学里佳子さんは高知の高知大学に分かれていくんだけど。そっちなんです。ね、そう、なぜか最後東京で再会をする。そして里佳子さんは森崎くんに向かって丁寧にお辞儀をして終わるっていう物語な。んですよ。まあ、今ので全く伝わってないと思いますけど。もまあ。
そういう青春の一端なわけですね。まず、この扱いにくいツンデレ女子を。こちらが好意を向き、でも絶対振り向かないし、こちらが意図しない行動に突然出て自分を引っ張り回すっていうこの感じ破天荒。ですね。そうこうされたい。え?ひさしはこのようにされ、扱わ。れたいなんであそうなんですね。こちらが求めた時には何も答えをくれないのに、あっちがそうしたいと思った時は僕は振り回されまくる。こういう青春を僕も送りたいんだと。
え、それってひさしさんだからですか?男性的にはみんなそうなんですか?いやわか。んない僕、僕はそういうふうに価値観が刻まれてしまったの。これによって、え、これ、いいわ。私、この一ヶ月ぐらいの間に海が聞こえるいいって言ってる男性 2 人見たんですよ。久さん含めて。親友になれると思。う。え、そういうもんなんですかね?はいはい、そう。なんですよ。女性と付き合うということはこういうことだ。こういうふうにされたいんだとってなってしまったので、すごくいい映画だなと、すごくいい映。
画心に残った映画だな残った?映画はいで、それを改めて 1 週間ぐらい前に渋谷の文化村で見たわけですよは。いあ文化村、めっちゃいいですね。そう、僕泣いてしまっても号泣ですよ。当時は泣かなかったのに。号泣しちゃって、もうそれノスタルジーも加わってたんだけど、もう一つ理由があったですよ。なるほど。青春っていうものはこういうことなんだっていう定義が僕の中で天から降りてきたようにビビビビビってしまったんですよ。
これはもう一回見ることによって、キーワードは限定合理性です。急に難しくなっ。た。急にね、用意してましたね。これもしやはい、限定合理性ですね。そう。青春って限定合理性で成り立っている人生のごく刹那的な一部分のことを言うんだなって僕は思った。要するに知識とか体験量とかで人間関係のいろんなパターンを習得してしまうともう青春っていうのは味わえないんだっていうことがわかったんですよ。限定合理性の意味をググります。
ググってください。限定合理性とは、ある一部ではお合理的なんだけど。もうちょい大きい文脈とか、ちょっと俯瞰で見たときには合理的じゃない意思決定や行動を導く論理のことですと書いてい。ますはい。例えば、集団の合理性と個人の合理性違うじゃないですか?ああ、私にとってはこうすべきなんだけど、チームから見るとちょっとなんか空気読めないやつに思われるコードみたいな。そうそうそう。それを個人の限定合理性と言っている。
っていう。ことなわけですよこれ、まあ行動経済学です。要するになんで人間は不合理な行動するのかっていうと、その人が。あまりにも情報がなさすぎて、自分の少ない情報から導き出した結論で動くから限定合理に見えるっていう、そういう話。なるほど。なわけですよ。それが青春の定義と何かというと、あ、情報がないがゆえのこうなんかやんちゃとかむちゃとかお人に迷惑かけちったわみたいなことが青春なのかってい。う、そうなのね。
で特にこの海が聞こえるは恋愛映画なので。それで人間関係の話だけでいうと、要するに相手の気持ちを思い測ることができないということですよ。自分の思考とか、常道のパターンみたいなものを相手に当てはめて考えてしまうから。だから物事はうまく進まない。なるほど自分。の思いとか、相手のためにとった行動っていうのがズレて伝わってしまう。そのズレこそが青春なのではないか。そのズレが補正された時に青春が終わるのではないか?
なるほど。そのズレが終わった瞬間がさっき言った里佳子さんが深くお辞儀をするところなんですよ。多分すごい面白いって。いうふうに僕は考察はい。はいはいは。いし。たんですよ。なるほど、我。々大人はさ、人間関係におけるパターンとか、人間ってこういう人いるよね、こういう考え方する人いるよねみたいなものを。まさにシステム 1 でパターン化して処理してるじゃん。これはこういう人はい。はいは。いあれはああいう人だから深く付き合おうと思う人とそうじゃない人。
結構瞬時に分けたりもしちゃったりするじゃない。これってもう理解するか、その人をちゃんと理解するか、もう理解せずにわかんないから諦めるかしかない。っていう話、理解しえない人間との関係性っていうのは、もうほぼ大人にはないでしょうそ。うですね。ただ、海が聞こえるには理解していないのに、ちゃんと付き合っていく人間像が描かれているんですよへ。え?これが青春ではないかという。ああ、いい考察確かに恋愛関係以外にもこう。
友達とかもあんま仲良くないんだけど、こうぶつかっちゃうとか親とかもなんか親の気持ちよくわかんなくてぶつかっちゃうとか、そういうのばっかりですもんね。そう。でしょう。確かに大人になるともうそこに折り合いつけちゃうじゃん。あ、この人はもうダメだ。この人はこういう人だ。どんどんいろんな箱に入れてっちゃうってい。う感じ?曖昧なままにはできないっていう感じ。でも、それをそういうふうな合理的な判断をして。こうフォルダ分けするっていう知恵が青春時代にはないので、モヤモヤっとしながらも、どういう距離感でこの人と付き合っていいのか、自分の言ってることも相手に伝わらないし、相手がやってくれた行動も自分にとっていいことかどうかわからないし、みたいなこのズレをずっとズレズレしながらいくっていうのが青春なのであるとい。
や面白かった。大人になるとつまんないことだなと思って、いろんなことを知ってしまうともうパターン化するしかなくなってしまう。それはそれで。あの生活はしやすくなるんだけど、あんまりいいことなのかどう?か?と考えさせられる。確かにうん最後にいいですか?どうぞ。あの?私海が聞こえるを一回半見たって言ったじゃないですか?で内容覚えてないって言ったじゃないですか。これなんで見たかというと、海が聞こえるに出てくる誰ですか?
森崎くん主人公主人公の高校、私の高校なんです。よえ。マジマジです。よろしければ、ポッドキャストのフォローや高評価、それに X のフォローもお願いします。またね。
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