《メディア論・前》そもそもメディアって何? #37
「メディアはメッセージである」というのはマーシャル・マクルーハンさんの超有名な言葉です。
広告会社はメディアの取り扱いが大事な役割の一つです。広告主のマーケティング活動には何かしらのメディアの活用が必須です。しかしメディアの本質についてしっかりと考えたことはあるでしょうか。何十年も前にマクルーハンさんが(超難しい書籍で)説明したこの言葉の持つ意味を一緒に学んでみましょう。それは単なるメディア解説にとどまらず、文明進化の話に繋がっていきます。2回シリーズです。
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おはようございます。人間広告者回転します。メディアはメッセージである。まず、この言葉を覚えるところから今日は始めたいんですけれども、はい、斉唱しましょう。三はい。メディアは?メディアはメッセージであるメッセージでグダグダでしたね。さて、これ、どんな意味でしょうか?メディアというものは情報をデリバーするもの。であるっていうこ。と器である。器、そうですねう。んうんうんうんうん、違うんです。ナオコさんはい。
例えば新しい薬が開発されたとしましょう。はい、ナオコさんが暇つぶしに見ていた芸能人の不倫記事に挟まるように、この薬のバナー広告が挟まっていた場合と、日経新聞でこの薬の広告を目にした場合、印象は同じですか?違います。違いますね、どう違います?その薬に対する信頼性が日経新聞に載っていた方が高まる。そうで同じコンテンツだったとしても、メディアが違うと伝わってくるメッセージが変わってくるってことになりますよね。
はいでそれを捉えてメディア論の対価であるところのマーシャルマクルーハンという方。マーシャル、マクルーハン。マクルーハン。言えました。はい、この方がメディアメッセージである。というふうに言いました。はい、要するにメディアはそれ自体にメッセージ性が含まれているよんってい。うああ、なるほど。指摘になりますで、まあこれ別にそんな航行会社の人間にとって、そんなに新しい話には聞こえないですよ。ね、そうですね。
誰が読んでるものなのかとか、うん、そういうことですよね。誰に向けたものなのかっていう特性を持っているっていうそ。ういうことですね。最近のクリエイティブとメディアって境目が結構なくなっているっていう言い方もできますよね。はい。優秀な。なクリエイターはじゃあ、どのメディアでどういうメッセージを出すことが効果的なのか?優秀なメディアプランナーも同様だと思います。はい、どういうメディアを選定することによって、このメッセージが強まるのかっていうこう掛け算で考えていると思うので。
まあ、このメディアメッセージであるという概念を知らなくても、無意識にそれをやっているような気がします。はい、本日は広告会社としては最重要商材であるメディアに対してマクルーハンさんがしてきたこのメディアメッセージであるの意味について、ちょっと考えてみたいなと思います。お願いします。で今回の話はいやおし。明日からマーケティングに応用しちゃうぞみたいな内容ではないんですけど、我々が取り扱うメディアとはそもそも何なのかということを、歴史的考察を踏まえてちゃんと把握しようじゃないかというお。
おじゃあ、マーケターとしての基礎編みたいなことですね。そうなんですよ。これを知らずしてっていう感じです。で本日の参考文献なんですけども、マクルーハンさんには主著が二つ二冊あるんですが、はい。グーテンベルクの銀河系という本とメディア論。本という本なんですね。はいでこの本をちゃんと読んで、今日ご紹介したいなと思ったんですけど、この二冊を書店で手に取ったところ、何回すぎて途中で心折れましたんで、マクルーハンさんの入門書であるところのマクルーハンはメッセージっていう服部勝也さんの著作とはい今こそ読みたいマクルーハンという小林明人さんの著作を参考文献にしてお話ししたいなというふうに思いま。
すほうじゃあ私にとってのひさしさんにとってのうん?解釈者がいたんですねと。いうことです。クッションが二枚挟まってま。すマクルーハンさんは超遠い超。遠いたどり着いていないと言っても過言でありませんね。これらの本は比較的読みやすくて手に取りやすいんですけれども、はい。良い子の皆さんはちゃんと原著に当たるんだぞってことはとりあえず言っておきたいです。でも、めちゃめちゃ大変です。ちなみにこのマクルーハンさんの原著がなんで読みにくいかっていうよりも、少しヒントがあって。
はい。普通の本って書く前に、いろんな思考とそれによってたどり着いた結論が先にあって、でそこに向かって読み手がわかりやすいように論理的に文章を書いていきますよね。はい。でもこのマクルーハンさんの書籍っていうのはマクルーハンさんの。自分の脳の思考の過程そのままが書き落とされてんですよ。へえ、面白い普。通にああでもないとかこうでもないとか、自分でも迷いながらこうあっち行ったり、こっち行ったりっていう感じで。
で伏線も回収されなかったりするんで。え、それ大丈夫ですか?仕事人としては何が言いたい?のみたいな早く予定言ってよみたいな。ことになりませんなりますよ。だから読んでるとなっちゃうんです。なっちゃうから読み解いた解説書があるっていうことなんですけれども。視聴者への信頼性が今減りましたい。や。すごい深い意味があるんですよ。あえてやってるんです。マクルーハンさんどういうことかというと、マクルーハンさんは本というメディアを自分の脳の延長のように捉えているということなんですね。
確かに我々の脳って普通に思考している時って、別に論理的じゃないですよね。カボスですよね。はい。で脳自体は論理的に何かを考えてるんじゃなくて、それをアウトプットするときに初めて論理的になってるわけですよ。ああ、なるほど。なんとなくわかります。直感的に何かを思って、そこに対する理由付けみたいなの後から脳でもそういうことです。プロセス立っておりますもんね。そうい。うことです。だから脳自体はずっとカオスのままでいいはいはい。
それをそのままアウトプットにしたっていうのが彼の主張ということになります。で、こういうふうに。この場合は本は彼の脳の延長線上ってことだったんですけど、すべてのメディアっていうのは身体の拡張であるっていうのがマクルーハンさんのもう一つの有名な主張なんですよ。はいで、例えば鉄道は足の拡張テレビや目の拡張電話は耳の拡張、ボールペンは手の拡張みたいに。うん面。白いします。この話はとっても面白いんですけども、まあ今日の本題ではないのではい一回その話は置いておきます。
そんで。メディアメッセージの話に戻しますね。まず、我々は直感的にはメディアそれ自体には意味がなくて、コンテンツにこそメッセージがあると考えがちではありますよね。はいまあ、なぜならメディアは伝達手段に過ぎないと思い込んでいるからですよね。最初の私が言った器だっていう捉え。方その通りです。器だと考えているということですね。ただ、さっきの薬の広告の例のように、実際には同じコンテンツであってもメディアによって受け取るメッセージは異なってくるということです。
はいで具体的に言うと、さっきの話はバナー広告は視覚的にはギミックで目を引くかもしれないんですけれども。ただ、媒体としては軽い印象を与えることが多いですよね。はい。一方で新聞広告は伝統的で権威あるメディアなので、その薬に対する信頼性が高まってメッセージがより重く受け取られるよっていう。そういう話かなというふうに思います。はいでネットメディアの中を細分化しても、これは例外ではなくって、これはもしかして若者の皆さんにとってはマスメディアで話すよりもわかりやすい話かもしれないんですけれども。
例えば、インスタとエックスでは同じコンテンツがタイムライン上にあっても違う文脈読み取りますよね?そうか?ティックトックとインスタのリールは同じショート動画なのに受け取るメッセージはちょっとずつ異なっているはずです。このあたりは僕よりナオコさんの方が若いんで、なんとなく感覚的に理解できる気もするんですけど、どうですか?そうですね。ただなんとなく今メディア戦略とかを見てると。インスタートティックトックって同じようなターゲット相手にしてて若干の性別だったり、視聴態度の変化があるかなっていう感じではあるものの、同じ人にリーチしたくて出てくる共通のメディアっていう認識でいたので、うんうんうんうん。
でも例えばですけど、ティックトックであればミームみたいな文化を大事に。しますよね、はい。そのミームに広告も乗っかることによってバズってくれないかなみたいなことを期待したりすると。そうですね。でも理由はちょっと違いますよね。それと一方的なメディアになってきて、より美しい動画をどう載せるかという話にもなってきそう。確かにコスト効率っていう意味では同じものを載せちゃいがちですけど、厳密に作ろうと思うと違う作り方しますね。
そうなんです。先ほど言ったようにここまでなら話は簡単なんですよ。まあ、航行会社の人間に限って言えば、メディア特性の話ねっていうことで収まっちゃう気がするんですね。はい。例えばテレビシーエムっていうのは、そのコンテンツ中身も重要なんですけど、それ以上にシーエムを打てるだけのマーケティング予算がある会社だから安心だろうっていう。まあ、そういうメッセージも受け取るといった話ですよね。まあ、だからインターネットの時代になってもテレビ CM っていうのは広告主に非常に人気があるとマクルーハンさんが言いたかったことはここにとどまらないわけですよ。
ここから一気にものすごいダイナミズムを見せるんですけど。ついていけるかな?マクルーハンのメディア論はこっからが面白いんですよ。はい、彼が言いたいのはこういうことです。メディアの形式によって人々の意識が規定されて、さらに社会構造にまで影響を与える。急に漢字が多くなりましたね。聞いてるだけなのにはい漢字が想像できたはい、ちょっとこれそんなバカなって感じしません。ちょっと理解が及ばなかったです。もう一回いいです。
かメディアの形式によって人々の意識が規定され、さらに社会構造に影響を与える。はい。テレビからインターネットになったことによって、我々は何かこう、価値観とかライフサイトが変えられてるんですよ。ああ、そういうことなのか知ってるの?社会構造っていうのはそういうことですね。そ。う。しかも無意識のうちにね、怖いことです。まあ、ちょっとここまでだとまだわからないと思います。でわからないのは当然で、我々は普段メディアそれ自体の意味をあんまり考えてないですね。
はい。でメディアはまあ日本語に訳せば媒介とか媒体なので、まあ基本的には人畜無害というか透明なものだというふうに思いがちです。で、本質はあくまでもコンテンツで、メディアただの器に過ぎないとまあ信じきっている。この無自覚さ、実はとても恐ろしいことなんですよ。例えば平成後期では劇的に主要メディアが変化しましたね。はい、先ほど言ったように、テレビからネット、そしてソーシャルメディア。まあ、情報流通のメインツールとなってるのは、今どちらかといえば SNS かなというふうに思います。
で、さらに細かく言うと SNS でも最初はツイッターみたいなテキスト共有から始まって、でついでインスタグラムの画像共有、そして今主流なのはティ。ックとかのショート。そうですね。ショート動画になりましたよね。例えば旅行というテーマで考えてみましょう Twitter の時代では、旅先の出来事とか旅先で考えたことをスマートな文章で共有するのはかっこいいっていうわけですよね。140 文字以内でちょっと私、こういう経験しちゃった体験しちゃったみたいなことをいかにバズるか、あるいは微分で共有できるかみたいなことが勝負だったわけです。
ただ、インスタの時代になりますと画像一枚の映えを追求していくことで、承認欲求が満たされるという時代にこう変わっていったということですね。はいでこうなると、リゾートのプールで優雅に過ごすバッキバキに加工されたお姉さんみたいな話になってくるわけですよ。はい。そんな投稿を私たちは何度見たことでしょ?う、そうですね。で自分との違いに絶望したりそう。まさにそこですね。ここでルッキズムというこう、呪いにも近い概念が生まれたのもこの頃ですね。
そうですねはい。そして今ティックトックで重視されているのは映える旅行体験。自分が人と違う、どんな良いことを体験しているのかを見せつけるために、今度はこう時系列を表現できるショート動画で共有して承認欲求を満たすみたいな時代になっているわけです。1万円にすべて入れる必要性はない。はい、なんかこう数枚のカットでスト。ーリーストーリーでス。トーリーをつけて展開していく。まあ、ちょっと技術が必要ですけど、そういう時代になってきたということですね。
こういうふうに言うと。メディア変わってるだけじゃんみたいな話になっていくんですけれども、実はそのメディア形式が逆に我々の価値観とか世界観を規定してしまうとはい影響されてしまう。我々は実は悲しいモンスターだということをマクルーハンさんは指摘をしているということになりま。すさっきの映えとか、ルッキズムがまさにですよねい。やそうなんですよ。ツイッターだけだったら多分ルッキズムじゃなくて。ほんわかなんか心が温まるみたいなぐらいで済みましたもんね。
そうですね。文章がテクいやつが強かった気もします。そのままだったら?でもインスタでセルフィーみたいな自分を映してバッキバキに加工するっていう文化が生まれると、今度はルッキズムみたいになってきてでショート動画になっていくと、ちょっと金をかけていい体験をしてストーリーを動画にするみたいにこうどんどん我々の価値観が変わってきてますよね。そうですね。まあ、なんかお金をかけなくても、なんかいかに自分が楽しんだかとか、その動画の中で笑えることがあったかみたいな、何かそこにもポジティブとはっていうのが反映されますよ。
ね、その通りですね。で、マクルーハンさんはメディアの歴史を説明するんですけれども、そのために必要な概念をちょっと説明しておきたいんですよは。いはい。まず、マクルーハンさんはこういう仮説を立てているんですね。もしテレビが登場した後の時代だったら、ヒトラーは支持されなかっただろう。どういう意味か想像できますか?ヒト?ラーが演説をすごく磨いたって、あのミュージカルの指導者とかに指導されて、いかに聴衆を先導できるプレゼンターになるかっていうのに力をかけたっていうのは聞いたことがあるんですけど。
でそれを考えると、まあテレビって時間が決められてたりとか、その場での声の調整というよりは、決められた価格の中でどう見えるかっていうなんか箱を作ってる感じがするので、ヒトラーの伝え方がヒトラーが求めた影響力ほど発せないって意味なのかなって思いまし。たなるほど、かなり惜しいというか。まあ、ほぼ正解と言ってもいいと思います。テレビは?情報が分散するんですよ。第二次世界大戦で主流だったメディアは何でしょうか?
新聞、ラジオ、あ、ラジオ。ラジオですね。ラジオはどういうメディアですか?音声のみ。その通りです。音声情報に没入させるメディアなんですよ。要するにまあ、マクルハンさん的に言えば、ラジオが持つメッセージっていうのは?俺の声だけに集中して聞けってことになりま。すはいはいは。いだからこそ、ヒトラーの勢いのある演説というのは、鋭い刃のようにドイツの民衆の心に刺さってしまったとはいはいはいいうことになるわけです。
で、仮にこれがテレビだったなら、ヒトラーの言葉以外の情報も目に飛び込んできて情報が分散していくんですよ。目や耳といった感覚、器官単位で情報が分散して批判的に思考する余裕も生まれたかもしれないということですね。例えば、なんかこいつ嘘くせえなみたいなことを思う人もいたかもしれないし、あとは群集を見てみたらあんまり納得してない奴がいるなとかいうこともわかるかもしれないし、あれ?今ここで綺麗だぞとうまく編集してやがるなみたいなで実はテレビは情報が多くて受け取る感覚器も多いので、結果としてアラを探しやすくて批判しやすいメディアなんですよ。
面白いうん。今もそうですよ。ね、そうですね、テ。レビや批判されやすいですよね。いろんな情報がいろんな風に読み取れるからです。はい、それと、マクロンハンさんの有名な研究にもう一つ、メディアの透明化という先ほど少し言及しましたけれども、というのもあります。で実際にはどんな新しいメディアでもすぐに存在が透明化してしまって、メディアの持つ特性とか危険性を誰もが忘れちゃうっていう現象はい。ですで、例えばカラーテレビが登場した時のことをちょっと想像してほしいんですけれども、まあ昭和ですね。
最初は多分大騒ぎしたと思うんですようんカラーになると当然ですけど、情報量が爆発的に増えますとでそうなって、番組時代のエンタメ性とか映画的な感動性みたいなのも向上したことにかなり自覚的だったはずです。だけども。からテレビが普及して日常生活の一部になってくると、その存在を特別視しなくなるので、メディア自身が持つ力とか影響力を忘れてしまうということですね。はいでこうなってくるとメディア人畜無害なものだと勘違い始めて、そのコンテンツのみを享受しているような気分になってくる。
これがメディアの透明化。なるほど、何かその比較した時に違いっていうのは浮き彫りになりますもんね。その通りです。経験として。僕が生まれた最初からカラーテレビがあるので、別にカラーテレビ固有のメッセージ性みたいなものは僕は一切感じたことがなく。テレビに熱狂。してしまったというわけですね。僕の場合はね。メディアが透明化すると、僕らメディアの持つメッセージに無意識に影響を受けてしまうような危険な状態になっちゃうってことですよね。
でここを狙われたのが、さっきのヒトラーのラジオによるプロパガンダっていうことになります。ラジオが音声のみで強烈な没入型のメディアであるってことを民衆は完全に忘れていた状態でヒトラーの演説を聞いてしまったということですね。で、先ほど言ったように、テレビメディアは聴覚だけではなく視覚に分散するメディアでラジオは聴覚を占有するメディアということになります。ここで一個質問があります。どうぞラジオって一つの感覚にフォーカスするとすごい強い。
威力を発揮すると思うんですけど、一方で何か作業しながら聞くのにちょうどよかったりするじゃないです。かああなるほ。どでテレビとかってその流しっぱなしというよりは、目も耳も使って、そこに集中するメディアだったりするじゃないですか。ただ、そのラジオの方が。ヒトラーに関してはかもしれないですけど、その分散するっていう考え方とちょっと矛盾がある気がしててう。ん痛いとこつきますね。ただ、多分、歴史的変遷だと思います。
それは今のテレビに当たるものが昔のラジオだったんだと思います。なるほど、じゃあいずれにしても集中するしてそうです。情報を収集するメディアだった。なんとなく戦中の日本みたいなのを想像してほしいんですけど、その今にラジオが 1台置いてあって。で家族はみんな正座して聞くような感じですよね。なので、集中力が全然違った。うん、なるほど音。声だけにもめちゃくちゃ没入して集中したと言っていいと思います。こういうふうにテレビとラジオ一つとっても、どの感覚器を通じて情報を伝えるかということで、全然比率が違いますよね。
これを感覚比率って言うんですよ。感覚の比率です。これも。読んで字のごとくはい。でラジオは今言った通り、聴覚 100% のメディアですね。はい、電話も同じです。で本は視覚 100% ですよね。はいでテレビは視覚と聴覚で、まぁだいたい言い分としましょう。…
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